吉川めい:日本人女性初のアシュタンガヨガ正式指導者が、ヨガより先に持っていた習慣

吉川めい

One World, Many Asanas vol.11

「One World, Many Asanas」は、世界中の人々がどのようにヨガを実生活に取り入れて実践しているのか探求し、共有することを目的とするプロジェクトです。

今回インタビューしたのは、気づきジャーナリング®の考案者で、2026年9月27日にUTL YOGA ONLINEで初めてのワークショップ(オンライン開催)を行う吉川めい。南インド・マイソールで学び、日本人女性として初めてアシュタンガヨガの正式指導資格を得た指導者ですが、ノートに書く習慣が始まったのは15歳、ヨガに出会うより6年も前でした。書くことが先にあり、それがヨガとつながって、一つのプログラムになるまでの話です。

15歳のノートから始まり、21歳でヨガに出会い、書く仕事を10年続け、オンラインへの切替の中で書く瞑想が生まれ、9月27日の60分で三つの問いを体験するまでの流れ図

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#1 書くことは、ヨガより先にあった

UTL  15歳からノートに書く習慣があって、ヨガに出会ったのは21歳だとうかがいました。順番としては、書くほうが先だったんですね。

吉川  そうなんです。ペンを握り始めた頃から書くという行為が大好きで。幼稚園の頃から、サンタさんや天の神様へ手紙をよく書いていました。返事が返ってこないことを分かっていても、自分の思いを外に出していたんだなと思います。

UTL  15歳のときに何かあったのでしょうか。

吉川  両親が離婚したんです。どちらの親とも住めなくて、結果的に年の離れた姉のところに住まわせてもらいました。見守ってもらう人も、話し相手になってくれる人もいない環境だったので、その悲しみとか怒りとかを吐き出したのが、コンビニで買ったキャンパスノートでした。15歳です。

その後、母が病気になって、私自身も19歳、20歳ぐらいには、うつで不眠症になってしまうくらいコテンパンな状態になって。どこへ行っても睡眠薬と抗うつ剤しか処方されないことを、すごく疑問に思ったんですよ。症状を抑えるのは役に立つこともあるのだけれど、根本的な解決につながっていない。

書き込まれた何冊ものノート

UTL  その中でヨガに出会われた。

吉川  実を言うと、最初に探したのはピラティスだったんです。2000年頃で、日本中を探したんですけど、一件もなくて。ヨガも、当時、私が調べた限りでは東京都全域で三軒しか出てこなかったんです。荻窪の二軒に行ってみて、それがアシュタンガヨガでした。

初回は姉と一緒に、何も知らずにプライマリーシリーズに飛び込んで、二人とも、こんなどぎついものはない、と。ただ、先生が最初の15分で「先に休んでください」と言ってくださって、私はその休んでくださいのときに、周りの人がまだ練習している中で、眠っちゃいそうになったんですよ。

UTL  眠くなった。

吉川  不眠で悩んでいた人間にとっては、それが衝撃的な体験で。すごくどぎつかったけれど、眠れたというのがすごい第一印象でした。帰り道、姉は「あんなの二度と行かない」と言って、買ったばかりの回数券の残り9枚を私にくれたんです。それで始まったのが私のヨガ人生です。結構、人生消去法です。

マイソールのシャラでの朝の練習

UTL  そこからインドへ向かわれる。

吉川  朝クラスに通うようになると、自分の健康状態が、メンタルも含めて変わり始めたんです。そして年に一回、先生がインドに行っていなくなる。それで「先生の先生って誰なんだろう」と、源流をたどるように興味を持つようになって。お水を飲むなら河口じゃなくて上流に行きたい、みたいな感じですね。

2003年にハワイでパタビジョイス先生のワークショップに参加したとき、彼は終わると「You come India」と言うんです。150人みんなに言っていたんだろうけど、私は自分に言われたみたいに勝手に受け取ってしまって。翌年からマイソールの本場のスクールに通うようになりました。パタビジョイス先生と、娘のサラスワティ先生と、今は亡きシャラート先生の三人が一つの部屋で教えていた、すごい黄金時代でした。資格をもらって「国に帰って、あなたも教えなさい」と背中を押してもらったのが、少しずつ指導に自信を持てるようになったきっかけです。

インドの駅を息子と歩く吉川めい

UTL  その頃、雑誌のお仕事も始まっていますね。

吉川  2003年に、ヨガの雑誌が始まったんです。当時はポーズを取れる人がなかなかいなくて、オーディションに呼ばれて行って、すぐに表紙が決まりました。そこから10年間、表紙を飾らせていただきました。

でも二号目を作る前にはもう、ヨガは写真ばかりじゃなくて心の内を伝えることが大事なの、と自分から言い出したんです。23歳の小娘が編集長のところに行って、「私は記事を書きたいです」と言ったの。

UTL  なんと言われました?

吉川  ダメって。鼻で笑われるような感じで。何回も断られたんですけど、しつこく「でも私は書きたいんです」と言い続けて。日本の学校に行ったことがなくて、教育を全部英語で受けてきているので、日本語で書くこと自体もどうなのという話なんですけど、これはみんなに伝えたい、という思いのほうが先走っていました。

あまりに私がしつこく言うから、「一回だけ書いていいよ」と。その一回目のコラムに、読者のみなさまが熱いお手紙を書いてくれたんですよ。結局、表紙も10年、コラムも10年間書き続けました。離婚と、小さい赤ちゃんと、父のがんが重なった時期にも、すごく苦しい中で吐き出しました。人生経験を隠さないで、共に歩んでいるということを表現させてもらった10年間でした。

私も、みんなと同じ一員だと今でもずっと思っているから、実は「先生」と呼ばれるのが最初からめっちゃ違和感なんですよ。

表参道のスタジオでのクラス

UTL  表参道にスタジオを開かれたのは2011年ですね。

吉川  3月3日にオープンして、3月11日には、震災です。でも、みんなが恐れと不安の中にいるときだったから、こういうときこそ呼吸に戻ってきて自分に戻ってくることの重要性は、私が誰よりも人生で感じてきていたので。やめないで続けることに意味がある、と思ってコツコツ続けていると、余震が続く中でもやっぱり来る人がいるんですよ。一人暮らしだから、行くところがないから、今日も呼吸を整えたくて、と。そういう人たちが集まって、コミュニティがすごく熱く育っていきました。

このスタジオを10年間主宰し、並行してadidasのグローバルアンバサダーを10年務め、adidas Training Academy向けのadidas YOGAというプログラムの開発とインストラクター研修も受け持ってきました。

#2 「めいさん、書くやつやってるよね。あれ、プログラムにできないの」

UTL  気づきジャーナリング®が生まれた背景を聞かせてください。

吉川  ヨガのときもそうなんですけど、これはすごくいいものだから、みんなにシェアしたい、という気持ちで伝え始めるんです。書くこともそうでした。

だけど、ヨガを伝えていると、真っ先に「体が硬いんですけどヨガをやってもいいんですか」「運動が苦手なんですけど、本当に私でもできるんですか」と言われる。でも、私が知っているヨガはフィットネスのヨガというより、インドのヨガなので、心と体を一体化させることに呼吸と意識を使うんです。体が目的なんじゃなくて、体をツールとして使う。

UTL  瞑想を伝えるときには、また違うハードルがありそうです。

吉川  瞑想を伝え始めると「じっとしていられません」「眠くなっちゃいます」「忙しすぎます」。この三つが三大ハードルなんですよ。だから瞑想を伝えるのは、本人がそこまで興味を持たないと難しいんです。5歳の息子がほうれん草を食べたくないと言えば、ブルーベリーのスムージーに混ぜれば済むんですけど、瞑想ではそれができない。

スタジオからオンライン配信に切り替えた日

UTL  そこにコロナ禍が来た。

吉川  その前に、私は30代で再婚して、37歳のとき、2018年に再婚相手の夫を突然の事故で亡くしているんです。そこですごく長期的にお休みを取って、しばらく社会から完全に離れていた時期がありました。自分がどうカムバックするかも、まだ見えていないときにコロナが起こってしまって。

そうしたら、みんなに届けなきゃ、とすごい火がついたんです。私、多分ちょっと珍しい、コロナでカムバックした人なんですよ。震災のときと似たようなことが起きました。みんながこれを一番必要とする、となって、すごく燃えて着火して。

UTL  スタジオは開けられない状況でした。

吉川  私はいち早く、赤字覚悟でスタジオを休業させました。でも、そのときに周りが「他の形でどうにかして届けよう」と言ってくれて、オンラインのやり方を探るようになりました。自分がオンラインで教えるなんて思ってもみなかったんですよ、インドでやってきた伝統っ子が。でも始めてみたら、国内外の方も、地方の方も来てくださって。「スタジオを再開してもオンラインをやめないでください」というメールがすごく届くようになったんです。

手書きのジャーナル

UTL  書くプログラムが生まれたのは、その流れの中でですか。

吉川  二つあります。一つは、心を見ることを伝えるときに、坐る、瞑想するということの難しさ。眠いとか、すぐ立ちたくなっちゃうとか、忙しいとか。そこに橋を架けるためにペンを取ることが、非常に有効だということ。

もう一つは長さです。スタジオでクラスをやると75分とか90分とか、がっつり味わってもらうじゃないですか。でもオンラインで90分付き合ってくれるのは、なかなか難しくて。プログラムの形態を、もともと75分や60分だったものを40分、45分に短くするようになったんです。みんなのライフスタイルに入り込むために。

その時期に、「めいさん、なんか書くやつやってるよね。それでなんかプログラムできないの」みたいな感じで言ってくださった方がいて。私はそれに対して「全然できる」と言って、書く瞑想を作り上げました。誰でも、ペンと紙は家にあるんですよ。今すぐできる方法として、非常に有効だなと思いました。

UTL  オンラインのほうが向いていた、ということでしょうか。

吉川  机に向かう姿勢がナチュラルなのでできることと、それから、めっちゃ面白いのが、チャットが盛り上がるんですよ。私はみなさまのメッセージを読み上げるんですけど、匿名性を守って、絶対に名前は読み上げず、メッセージしか汲み取らないんです。

びっくりするのが、たとえば罪悪感がテーマだったとして、「私、こんなことに罪悪感を感じています」とチャットを入れた女性がいたとしたら、他の女性が「私と同じことを感じている人がいる」「自分は一人じゃなかった」ということを瞬時に感じられる体感があるんです。私が「あなたは一人じゃないよ」と言うんじゃなくて、あなたがいかに一人でいないかを見せてあげられるんですよ。

UTL  そこで見えてくるものは。

吉川  新しい思考って、一個もないんですよ。人の悩みって、もうヤバイと思っているようなものも、それを思ったことがあるのは絶対、あなたが初めてじゃないんです。それぐらい、人の心は詳細こそ様々だけれど、根本は同じ働きをしている。

#3 気づかせることはできない。でも、気づくことをうながすことはできる ― 当日の60分の組み立て

UTL  9月27日のワークショップは60分です。どんな流れで進みますか。

吉川  まずは、気づくことって何なのか、どうして大切なのか、というところからです。気づくって、目の前にあっても今までは見えていなかったことが、はっと見えるようになる瞬間で、自分の意識がそれを認知できる、知覚できるようになる開きを指していると思うんですけれども。

みなさまも体験したことがあると思うんですけど、誰かに気づかせることってできないんですよ。たとえばパートナーやお友達がすごく悩んでいたとして、お友達としては「そんなに気にしなくても、君って本当に素敵だよ」と言ったりするんだけど、本人に気づかせようとすると、意識のブロックみたいなものがかかるじゃないですか。無理やり誰かの意識をこじ開けに行くことはできない。本人の選択と意志のもとにあるからできないんです。

でも私はそこで、気づかせることができないなら、気づくことをうながすことはできるか、と考えたんです。おびき出すじゃないですけど、インビテーションですね。

UTL  うながすことはできる。

吉川  その観点で調べてみると、気づきやすくすることはできるんです。たとえば安心感を感じてもらうこと、オープンマインドでいること、好奇心を持ってみること。要するに、クローズドマインドにならないことを選べると、新しいことに気づきやすい土壌ができる。だから、気づきジャーナリング®のファシリテーター養成講座では、この土壌の作り方をめっちゃ学んで、めっちゃ練習します。

UTL  インストラクターではなくファシリテーターと呼ばれるのは、そういう理由なんですね。

吉川  そうなんです。インストラクターは新しいことを教えることが務めなので、相手にわかりやすく教えるインストラクションをすることが目的です。ファシリテーターは「あなたはその人の答えを持っていません」「その人の答えは本人の中にしかありません」ということを理解した上で、それを尊重して、邪魔しない形でファシリテーションできますか、ということを徹底的に練習します。

対面での気づきジャーナリングのセッション

UTL  当日は、安心できる空間を作ったうえで問いが届く。

吉川  今回は他人からの評価、ジャッジをどう受けるかというテーマなので、人からどう思われるかが怖いとか、どうしても気になってしまうという心理的な引っかかりが起こりやすいところで、人にどう思われるかは何のコントロールもできないんですけど、自分の心はなぜそういう働きをするのかを知りに行くための問いを、三つお届けする形です。構造を簡単に説明させていただいてから、後半の40分ぐらいは実際に体験していただく予定です。

UTL  今回「他人の評価から自由になる」というテーマを選ばれた理由を聞かせてください。

吉川  ファーストタッチでもあるので、一番入りやすいテーマとして選びました。評価に悩んだことのない人って、逆に言ったら、あんまりいないと思うんですよ。会社でも家庭でも、主婦だから、女性だから、男性だから、でも。だから、当たり前化してしまった、人から評価されるとか、自分も実は自己評価しているということを、立ち止まって見直すような時間になっています。

UTL  書くのが苦手とか、何を書けばいいのか分からないという方もいると思います。本当に紙とペンだけ用意すれば大丈夫でしょうか。

吉川  本当に大丈夫なんです。一人でやろうとすると、どこから始めたらいいか、何を書いたらいいか分からないというのが必ず第一関門になるのですが、ご参加いただければ私が全部ご案内しますので。

私のルールは、ど正直だけなんですよ。頭の中に出てきたことを、そのまま書いてください、と。目の前の人に「こんにちは、よろしくお願いします」と言っていても、心の声が「うわぁ、この人、話が長いんだよなあ。マジ苦手」だったら、そっちの声を書いてくださいって。「マジ苦手」が三連発で出てきたら、三回、紙に書いてもらうんです。

UTL  同じ言葉を、そのまま三回。

吉川  思考って一つじゃないんですよ。何千個もある。インドの古典にも意識の状態を説明する言葉がたくさんあって、あれって、サイクルとか波という言葉が多いですよね。要するに、思考の波紋がいかに繰り返すかということを指していて、それを可視化して見せちゃうんです。そうすると、自分の紙にいかに同じ言葉が多いかとか、心の癖が見えてきてしまうのが、すごく面白いんです。

#4 すでに書いている人にこそ、斬新なはずです

UTL  すでにジャーナリングをされている方にとっては、どんな新しい発見がありそうでしょうか。

吉川  多分すごく斬新なんじゃないかと思います。ジャーナリングのメソッドは、これまで30年スパンで見ても一握りしかないんです。ビジネスライクに目標を立てるもの、生産性を高めるために書くもの、感謝ジャーナルのような自己啓発的なもの。それ以外の多くはフリージャーナリング、いわゆる吐き出しです。あるいは、やりながらジャーナリングと日記の違いが分からない、という方も多い。

UTL  気づきジャーナリング®は、そこが違う。

吉川  毎回、一個のテーマと三つの問いしか出てこないんです。テーマは今、80個以上あります。お家の掃除をするときに、今日はクローゼットの片付け、今日はバスルームのお片付け、とするみたいに、心の中でも、今日は罪悪感を見てみる、今日は人からの評価を見てみる、と一括りずつできる手軽さがあります。

そして、この三つの問いかけが、ほとんどの割合で自分ではなかなか自分に聞いたことがないことなんです。新しい質問が届くと「おおよ、自分の中のどの引き出しを開ける?」となって、自分の答えはこれだったんだ、と新たに知りに行く機会になるじゃないですか。特に、瞑想に飽きちゃったとか、毎日同じことをやっていても新しくない、という人にとっては斬新さがあると思います。

著書『本心に気づき、自分を生きる 書く瞑想ノート』

UTL  三つの問いには、順番の設計があるのでしょうか。

吉川  一つのテーマに沿って、三つのプロンプトと呼びますけど、とても丁寧にデザインされています。一個目の問いかけは、とっつきにくいものは絶対に言わないです。誰でも入りやすいもの。二個目は、だいたい誰でも内省をうながすもの。そして、この二つ目の後にガイデッド・メディテーションを挟むんですね。

食事の途中で箸休めをするみたいに。内省して、中には「私の中、こんな気持ちだったの」というのが見えてしまう場合もあるじゃないですか。それをいったん置いて、瞑想なのでそのまま離れるんです。「どうしよう」、じゃなくて、今日のお天気を見るみたいに眺める。

UTL  そのあとに三つ目が来る。

吉川  全然違うところから問いが入ってくるんです。そうすると、今までの思考パターンを続けることが自分の本当にしたいことなのかどうか、選び直すことになるんですよ。気づいちゃったから。「これって、私、今までずっとすごい悩んでいたけど、もしかしたら、そんなに大事じゃなかったのかも」と気づいちゃったら、暮らしが変わるじゃないですか。だから三つ目の問いかけは、そこをアクショナブルに、余韻を持って帰っていただくことを大事にしています。

#5 一人じゃない、を体で感じる場所

UTL  最後に、MAE Yのコミュニティで、これから届けていきたいことを聞かせてください。

吉川  コミュニティですごく大切にしているのは、自分が一人じゃない、孤立した存在じゃないということを体感することです。体で感じることです。

心の悩みがあるから心理学やセラピーを学ぶ。でも、学ぶことと、それを実際に生きてみることは別です。使わなければ、自分の人生は変わらない。ヨガは、まさにその「実践」だと思うんです。

これを一人でやるんじゃなくてコミュニティの中でやると、誰かが自分と同じ悩みを持っていた、とか。自分のことは気づきにくいけど、人のことはクリアに見える、とか。自分でも気づいていない自分の変化を、誰かが目撃して、見守って、言葉をかけてくれた、とか。

UTL  人と人の間で起きることですね。

吉川  ケミストリーみたいなものです。その交流が常に起こっている場があって、感化されるんですよね。だから、自分が変わることや、自分が気づくことに拍車がかかる。一人じゃないって、すごく強いことだなと思うので、みなさまが私とつながるというだけじゃなくて、ここに集まってくる人たち同士がつながったときが、すごく楽しいなと思っています。

あとがき

インタビューの終盤、吉川めいは「実は先生と呼ばれるのが最初からめっちゃ違和感なんですよ」と言いました。理由は、自分もみんなと同じ一員だと思っているから。10年間、雑誌の表紙に立ちながら、離婚も産後もそのままコラムに書き続けた人の言葉だと思うと、腑に落ちます。

「気づかせることはできない。でも、気づくことをうながすことはできる」。この一文が、この人の仕事の全部を説明していると思いました。ファシリテーターという呼び方を選んでいる理由も、チャットで名前を読み上げない理由も、三つ目の問いを全然違う角度から差し出す理由も、すべてここから来ています。答えは本人の中にしかない、という前提を、方法にまで落とし込んだ人なのだと思います。

9月27日は60分です。前半に構造の話があり、後半40分は実際に書きます。用意するものは紙とペンだけ。書けないかもしれない、と思っている方にこそ、ど正直だけがルールですという言葉を届けたいです。

2026年9月27日(日) 10:30〜11:30、UTL YOGA ONLINEで吉川めいのワークショップ「他人の評価から自由になる / 気づきジャーナリング®体験」を開催します。オンライン開催・4,000円税込み、ご用意いただくのは紙とペンだけです(ご参加にはZoomアプリが必要です)。ゴールドメンバーのみなさまはご招待となります。

ワークショップの詳細・お申し込みはこちら

吉川めい(よしかわ めい)

気づきジャーナリング®考案者。2001年よりアシュタンガヨガの実践を始め、2004年から南インド・マイソールでシュリ・K・パタビジョイスに師事。2006年に日本人女性として初めて正式指導資格を取得した。2011年に表参道でコンセプトスタジオvedaを開き、10年間主宰。adidasのグローバルアンバサダーを10年務め、adidas Training Academy向けのadidas YOGAプログラム開発とインストラクター研修を担当。スタジオでのクラスをオンラインに切り替えた時期に気づきジャーナリング®を考案し、講座受講者は累計14,000人を超える。認定ファシリテーターは60名以上。著書に『本心に気づき、自分を生きる 書く瞑想ノート』(河出書房新社、2025年)。2025年秋、TEDxUniversity of Northern Iowaに登壇。現在はオンラインコミュニティMAE Yを主宰している。

インタビュアー:Hiroshi Funakoshi
2006年からバリ島に移住。UTLでは、インターナショナルリレーションを担当し、海外のパートナーや組織との連携を元ヨガティーチャーの立場から推進。コロナ禍以降は、オンラインヨガ事業の責任者も兼務。

*本記事は2026年9月1日にオンラインで行ったインタビューをもとに構成しています。